無限/夢幻の箱庭

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原作 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、作画 小梅けいと、監修 速水螺旋人『戦争は女の顔をしていない』の読後感

 Twitterとコミックウォーカーで月1回1話のペースで連載されている、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』コミカライズ版(以降本作。作画:小梅けいと、監修:速水螺旋人)が1月27日に発売されたのでKindle版を購入、早速読んだ。

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月イチの楽しみの一つで、各話が配信されたらそれはそれは喜んで読み、RTしたものだ。

 

『戦争は女の顔をしていない』(以降、原作)原作は、1984年にソ連で出版され、日本では三浦みどり訳により群像社から2008年に出版された。その後絶版になったが2016年に岩波現代文庫により復刊され、入手しやすくなっている。

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)
 

大祖国戦争に従軍した100万人の女性のうち500人ほどにアレクシエーヴィチが彼女たちの戦争体験をインタビューしたドキュメンタリーである。

戦争体験とはいっても、第二次世界大戦に参戦した殆どの国では女性たちは銃後にいたが、ソ連の女性は前述の通り従軍して戦闘に参加したり後方支援に就いていた。ほぼ男性の世界であり、軍に女性がいることが当たり前ではなかった時代のことなので、まだ軍用に対応していなかった生理現象や女性用衣類の事情を生々しく描写している。また、戦闘だけではない、戦争の中の日常が書かれていることは『この世界の片隅に』に先駆けている。

 

原作を知ったきっかけは、Twitterで、作家の内田弘樹先生が原作の登場人物を艦これのキャラクター 艦娘に見立て、そのエピソードを艦これの世界観の中で再構築した #戦争は艦娘の顔をしていない という大喜利であった。

togetter.com

 当時生活に溶け込ませるようにはまっていた艦これと、戦争の前後や最中でありそうなことが自然に結びついたツイートは、現実に艦娘に取材したドキュメンタリーの様に、大喜利とは到底思えないほどわたしの心に迫った。

これは原作を読まずにはいられなくなる。

原作を手に入れようとネット検索したが、絶版したことを知り落胆した。今振り返れば、日本の古本屋 などの古書ポータルサイトで探せば可能性はあっただろうけれども。

 

読む機会ができるのはいつになるか…Twitter大喜利を元ネタにしたのかそれともそれに触発されたのか定かではないが、同人誌『戦争は艦娘の顔をしていない改』

www.pixiv.net

を読み、どの様な作品なのか想像しながら原作の存在を忘れずにいた。

 

著者スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが2015年ノーベル文学賞を受賞し、その記念だろうか、復刊した折に購入、少しずつ読んで各エピソードに震えた。

ロシア語劇団コンツェルト第47回本公演で取り上げられることを知ったときも気持ちが昂り、観劇しに行った。

ex.kontsert.jp

眼鏡の度数が合っていなくて字幕が読みづらく台詞も何を言っているかわからないが、#戦争は艦娘の顔をしていない や原作で読んだいくつかのエピソードを思い浮かべて演者の真に迫る演技を楽しんだことを覚えている。

 そうしてまた原作を少しづつ読んではTogetherのまとめやコンツェルトの公演パンフレットを振り返り過ごすときもあった。

そうしているうちにTwitterでの連載が始まり、本作が発売された。

戦争は女の顔をしていない 1

戦争は女の顔をしていない 1

 

本作では、勿論画像一枚一枚ではなく冊子になっているのでコマ割りの配慮に対し大いに感心した。また、女性をキャラクターにしながらも個々人が登場するエピソードに適するように描き分けられるため、媚態は僅かに与えられているところが好ましい。

 

小梅けいと先生は『狼と香辛料』のコミカライズ版を担当していたことで知られているが、男性諸氏には成人コミック雑誌快楽天』の作家として馴染んでいる方のほうが多いだろう。わたしもその1人であり、『狼と香辛料』のことは27日に初めて知った。

成人コミックは性欲を興奮あるいは刺激させることを目的とした商品で、作家それぞれの絵柄により引き出せる限りのあらゆる表情や肉体表現を駆使して読者を魅了することが売上につながる。特に小梅けいと先生は主にカラーページでの連載をしてきて、他の作家よりも表現のパレットを多く使うことができた。

www.wani.com

そこで得た手法は、成人コミックで培った恥・怒り・嘆き・喜びなどの表情やその機微の描き方が戦場を主な舞台としモノクロで描いた本作で大いに生きている。また、衣装や兵装の細部の描き方も成人コミックでは局所ではデフォルトしているが基本的にリアル志向だと感じられる先生ならではのものだろう。

 

また、戦場や兵装、軍服が現実さながらに再現されているのは、漫画家でありソ連やロシアを題材とした作品を世に送った速水螺旋人先生 の見事な監修によるものであることも忘れてはならない重要な要素だ。

 

先ずは試し読みをされたい。KADOKAWAオフィシャルチャンネルが試し読みPVとして第2話に声を当てたものをYou Tubeにアップロードしている。 


『戦争は女の顔をしていない』試し読みPV(CV:日笠陽子ほか)

この話は原作では334ページから339ページに相当する第2話、本書の7つあるエピソードの中でも最も気に入っているものである。

 

あたしは夫を葬るんじゃありません 恋を葬るのです

 

この台詞、この大きなコマのために、極僅かなひとときの戦場での夫婦の語らいや夫の戦死、戦死者の埋葬事情、夫の亡骸をベラルーシに連れて帰る決意、そのための上官への交渉というシーンが積み重なる。各シーンは原作では語りであるからそれを手がかりに想像することで楽しむ。それはそれで活字を読む醍醐味であるが、本作で絵を与えられたことにより恋のきらめきと死別による失恋を目の当たりにするように読むことができる。

 

小梅先生や速水先生、それに編集者の荻野健太郎氏へのインタビュー記事によれば、第2巻までは出版されるという。できる限り原作をコミックに再現し、長く読まれる作品であって欲しい。